『圓窓五百噺を聴く会』の客席から

第159回〜164回/第168回-1/第168回-2/第168回-3

第166回 圓窓五百噺を聴く会


客席から 聞いたり 見たり


2000・11・21(金)
名古屋・含笑寺
その492 民話落語  長屋幟
その493 創作落語  お多賀さん
その494 民話落語  浅草の招き猫


その1『 教科書のプレゼントに興奮 』


文 モテ


 2000年最後の、そして完結までにもうあと2回だけとなってしまった五百噺で
ある。
 師匠のパソコン仲間も駆けつけて来た。北海道から、神奈川から、そして豊川から
と、師匠とは長いおつきあいのお仲間の面々が笑顔で出囃子を待っている。
 いつものように、お客さん達は好みの場所を確保する。
 出囃子と共に師匠登場。先ほどまで来客と話しておられた時は洋服姿だったけど、
いつの間にか、着物姿で忙しそうな素振りも見せず開始です。
 パソコン仲間を紹介し、取材に来られた中日新聞とNHKの記者さんを皆に引き合
わせる。
 師匠は大きな紙袋をたずさえている。「五百噺が完成してもお祝い事はやりません。
その代わり、アタシの方から皆さんにお礼の心持ちとして何かプレゼントをします」
 今日の記念品は師匠の落語[ぞろぞろ]が載った教科書である。
 師匠のサインが教科書の裏にあざやかに書かれている。それとは別にサインの色紙
と落語協会の雑誌〔ぞろぞろ〕のセットである。
 どういう人にプレゼントするとよいか? その方式を遠来のお客様の無銭さんと
あきらさんに決めていただく。
 誕生日が近い人と遠距離参加の人にあげることになった。
 壁際にいる、おじいさん(この方も毎回ご参加の長老である)つい「今日が誕生日」
と手を挙げてしまって、「違った」と弁解するところがかわいい。
 こういうやりとりをしている間に、遅れて入った客も落ちつき場の雰囲気もどんど
ん、なごやかになっていく。


 先日、師匠はこの教科書を使っている千葉県の八千代市の小学校で"落語"の授業
を行った。落語を聴いて、想像をして話を描く授業を小学生達は実に生き生きと楽し
く行ってくれた由。
 子どもには落語を聴き、理解出来る力が充分にある。現にこの日もあきらさんのお
嬢さんが2時間も落語を聴いて、楽しんでくれたのだった。
 まだ小学校2年生だという。頼もしい限りだ。


その492[長屋幟]
 お侍と長屋の腕白小僧達の交流。
 魚釣りをしている、子どもたちにいろいろ話しかけては、煙たがられるお武家。
でも、人品は良さそうだ。子どもも、口は悪いがお武家との対話をいやがっていない。
 時は春の終わり、まもなく端午の節句である。
 武家屋敷の節句の飾りをうらやましがる長屋の子どもに、お武家は幟をプレゼント
する。昔は武家だけだった、節句の飾りが、庶民にもこうして広まった。
 なかなか魚が釣れなくて、下くちびるをとんがらせて、お武家にじゃけんに言う子
どもだが、でも子どもなりに、階級の意識が身についている。
 お武家のゆったりとした口調、子どもの父親の実直な職人らしさと、おかみさんの
伝法な物言いの対比が鮮やかでした。


その493[お多賀さん]
 多賀大社のお供え物を盗んでは生活している夫婦ものがいた。
 根っからの泥棒というわけではなさそうだが、神官につかまってしまう。
 神官は、厳しく罰せずに、金を恵んで許してやる。
 この金を元手に、博打をすると面白いようにおおあたり。でも、やはり博打。最後
はすってんてん。
 女房を人質に宿に置いて、また多賀神社でお金を恵んで貰う。
 しかし、女房は逃げてしまって、全てに厭世的になった男は死のうとする。
 死にたいときには、フグを食っても死ねず、首をつっても枝が折れたり、紐が切れ
たりで死ねない。
 ところが、オオカミに取り囲まれた男は急に命が惜しくなる。
 命からがら、逃げてばったりと倒れた男。神官に起こされて夢だと気づく運?に翻
弄される男の死にきれないところの描写が傑作。


 狼に追っかけられ、必死に逃げるところは「そうこんな夢、いかにも見がちだな」
 と納得してしまった。


その494[浅草の招き猫]
 さて、このお話は招き猫の由来を、師匠が落語に創作したもの。
 ところは浅草。餅菓子屋の老夫婦は、拾った猫(ゴロ)を飼っている。
 猫が蠅をとる仕草が可愛いと、近所の子どもたちが毎日のように遊びに来る。
 子どもも孫もいない老夫婦も大喜びで相手をした。その中にカナちゃんもいる。
 夕方、子どもたちが帰るとき、残り物のお餅をお盆の上に載せて、一つずつ取らせ
た。カナちゃんは遠慮深く、いつも最後に残った一番小さいお餅をとる。
 カナちゃんは病気の母親と2人暮らし。ある日、心を傷つけないようにそっと、小
さな持ちの中に一分金を入れておいた。
 母親がその金を返しにきたが、「観音さまが下だすったんでしょう」と受け取らな
かった。
 その後日、おじいさんは風邪で死去。
 おばあさんはカナちゃんの母親のために縫った着物を持って、見舞いに行くと、母
親は亡くなり、線香の匂い。身より頼りのないカナちゃんを引き取る。
 店に地上げ屋がやってくる。猫は店を守るために、二本差しの男と戦って凄惨な死
をとげる。
 カナちゃんは供養のために猫の焼き物をつくった。その猫の像は蠅を取っている形
だが、まるで招かれているような気がするため、客がどんどんとやってくる。
 10年たって、おばああさんが死ぬ。
 また、10年たって、死んだ母親と同じ歳になったカナちゃんは一人で店を守って
いる。
 おばあさんが「母に」とくれた着物をほどいて、猫に着せる可愛い着物を、その日
最後の客にプレゼントするカナちゃん。
 子どもの頃の思い出や「残り物には福がある」という話をするカナちゃん。
客「おれが最後の客かい? 残り物で作った着物。ありがてぇ、残り物には服(福)
がある」


 三話とも、いくぶん話の内容やオチが変化しているようだ。常に工夫を凝らす師匠
らしい。


 中入りでの関山先生のお話から。
「人間には煩悩がある。圓生だって、『芸とは何か』の問に対して、『悟りのような
ものだ』といった。
 落語鑑賞も悟りまでいったら、一流の鑑賞者である。ただ、笑って聴くだけの落語
鑑賞なら、いかにも浅い。ちゃんと受け止めて、演者が何を聴いて欲しかったかを受
け止めて頂きたい。
 あと、2回どうぞ心して聴いて、最後に拍手をして静かに終わりたいものです」





その2『 すっかり歓待されてしまった 』


文 あきら


 今、無事に神奈川県相模原の自宅に到着しました。
 帰りは東名に乗ってた時間は3時間半だったのに、下りてから家まで1時間半かか
りました。まいった。


 名古屋では、地元のモテさんを始め、MLのみなさんに大変お世話になりました。
 それに、地元の小島、塩沢社長さんには初対面にも関わらず、同伴の妻子まで夜食
の接待を受けまして感激です。
 モテさんと無銭さんから戴き物を頂戴しまして、ありがとうござました。
 僕なんか、池袋演芸場に行くのと、あんまり変らない気持ちで行ったので、手ぶら
で行ってしまいました。ごめんなさい。(笑)


 娘も、家に帰って師匠から頂いた色紙(「来た路も行くみちも自分の道」というサ
インがある)を見せびらかせながら、何度も読んでいます。
 教科書も気に入ったようです。
 神奈川県でも採用してくれると良いのですけど、、、、、。
 ワンポイントで、そこのページだけコピーして使うってわけにはいかないのかなぁ。





その3『 なごやで たのしかったのは らくごです 』


文 さちか(あきら次女 小学2年)


 わたしが、なごやにきていちばんたのしかったのは、らくごです。
 らくごの中でいちばんたのしかったのは、大かみがでてくる話です。
 その大かみがでてくる話の中で、いちばんたのしかったのは、しにたい、しにたい
っていってたくせに、大かみにおいかけられたら、たすけてーっていって、しにたく
ないって、いってたところがおもしろかったです。
 また、らくごをききにいきたいです。
(まねきねこも、おもしろかった)
 まねきねこだったら、たのしかったのか、おもしろかったのか、さびしかったのか、
わからないけど、まねきねこの話ならおぼえています。
 さいんをもらってうれしかったし、4年生のこくごのきょうかしょをもらってたの
しかった。
 いまこくごのきょうかしょをよんでいます。
 いまはごんぎつねのところ。


        吉田あきらの『親バカです』
「娘の本当のお気に入りは、実は[浅草の招き猫]の方です。
 でも、自分の気持ちを表わすことが出来ないので、このような
表現になっています。
 さっき、風呂で[浅草の招き猫]の噺を聴いたら、約10分間、
筋書きについて話をしてくれました。
 若干、話を取り違えている部分もありますけど、ゴロ(猫)の
首が飛ぶあたりなどは、ほぼ完璧に描写しました。
 それと、面白いのが、ちゃんと自分の言葉で置き換えているん
です。
「残り物には福がある」を「最後の物には福がある」
「猫が招いたもんで」を「猫が呼んだから」
「顔に白い布が置かれて」を「顔に白い紙が置いてあって」など
など。
 これって、言葉で覚えているんじゃなくって、一旦、自分の頭
の中で理解して再構築しているわけです。(従って再構築ミスも
出ます)(笑)
 小学校2年生なので、たぶん、わかんないだろうと思ってたし、
師匠の噺中でも、ダラダラした態度だったんで、全然聞いてない
と思ってたんですけど、意外とちゃんと聞いていたんで驚きまし
た。





その4『 お中入りは お腹入り 』
文 たくみ(豊川市在住)


 こんにちは、たくみデス。
 昨日(17日)は、圓窓五百噺に出かけることができて、それも師匠の喉とお膝の
具合もよく、そしてなんといっても噺の中にワープすることができ、大変満足して帰
ってきました。
 ホントは、MLメンバーの中では僕が一番早く帰宅した(と思う)ので、昨夜のう
ちに、「第166回 圓窓五百噺を聴く会へ行った来たよ〜」の報告をしなくちゃな
らなかったんです。
 師匠にも「たくみさん、まずは書き込み頼むよ」と言われたのです。
が、昨日(圓窓五百噺を聴く会の日)はあの後、地下鉄の伏見駅まで走り、名古屋駅
に着くや否や、またまた名鉄電車の改札まで走ると、「豊橋行き最終、ただいま出ま
〜す、、お急ぎ下さ〜い」のアナウンス。
 まだ切符を買う前だというのに、スピーカーから聞こえてきてくるではありません
か。一か八か、あわてて切符を買い、ほとんどすべるように階段を駆け下りて閉まり
かけたドアに半身を投じて、これがホントの滑り込みセーフ! ってなもんで、帰り
の電車に乗ったのでした。
 富士コーヒーの社長さんに「最終電車に間に合わなかったら、泊めてあげるから」
と半分冗談でしょうが、ありがたいお言葉を頂きましたが、おかげ様で無事帰還する
ことができました。
 さすがに、オペ後、外気と室内温度の気温差のある上に、あせってこれだけ走りま
くったのは久しぶりだったので、電車に乗ったとたん安堵感で疲れてしまい、帰宅し
て風呂に入ったらバタンキュー。
 第一報告者がこんな調子で、失礼いたしました。(^^;)
 しかし、日替わりメニューの体調の中、出かけることができ、そして師匠の元気な
姿と、普段はオンラインでしか会うことができないみなさんに会うことができて、嬉
しかったです。
 師匠には、教育出版の4年生の教科書、それも署名付きのものを頂き、恵み多き一
日でした。ありがとうございました。
 あの時、「師匠が門であり道です」と言ったのは、わかる人にはわかる洒落という
かパロディーだったんですが、含笑寺の会場で分かってくれた人は、何人いただろう
か? あきらさんは分かったかなぁ・・・(^^;)


 昨日の五百噺はいつにも増してお客さんが多かったように思いますが、気のせいだ
ったでしょうか?
 盛会で世話人でも演者でもないのに、嬉しく思えるってのは、それだけもう五百噺
が演者とお客が一体となっている証拠かもですね。
 また、ここ最近思っているのは、僕がマスターネットで師匠と知り合って、含笑寺
の五百噺のことを知りはじめて行った頃は、お客のみなさんは中入りになると、やお
ら持参したおにぎりやら、道中どこかで調達したお弁当やらを袋から取り出して、こ
れまた持参した水筒のお茶と共に食べていました。しかし最近は、こういう人をあま
り見なくなったなぁってことです。
 僕は初めの頃、こういう風景が好きで五百噺のしきたりみたいなもんだなとも感じ
ていたのですが、ここのところみなさんお客が上品になったのか、その風景がみられ
ないんですよね。
 モテさんが名古屋名物"天むす"をお中入りの時に、「食べませんか?」と分けて
くださった時、あきらさんは、「え〜、、、みんな食べてるような人いないけど、い
いんですかぁ?」と恥ずかしがっていたけど、昔はみんな”お中入り”の時に”お腹
入り”してたんですよ。(^^;)
 モテさん。おいしい天むす、僕までご相伴に預かり、ありがとうございました。


[浅草の招き猫]のストーリーの骨子というか展開的には、[ぞろぞろ]と[叩き蟹]
を一緒にしたようなものだなぁと思いました。
 土で猫を作り、その猫に魂が宿ってしまうというあたり、なかなかぞくぞくするも
のを感じました。
 人間は創造主が土をこねてそれに息吹(霊)を吹き込んで創られたものだというの
が、聖書の創世記に出てくるんですね。造るという字にはそれが表れているという人
もいます。





その5『 "多賀"が落語に なっているとは! 』


文 堀川靖治


 いやぁー 感激いたしました!
 何を隠そう私 滋賀県の多賀生まれなんです。
”多賀”が落語に成っているなんて そして 太閤さんが母親の為 参詣していたな
んて
 ホント ビックリ!
 地元にも連絡しなくてはと 思っております
 今世紀最後の〔圓窓五百噺を聴く会〕で 生まれ故郷の噺を 聞かせていただきま
して ありがとう ございました!
 尚 地元では「多賀神社」でなく「多賀大社」といってます。
 お伊勢さんのご両親いざなぎ・いざなみの尊を祀っています。
 もちろん 延命長寿の神様です。
 そして名物は〔糸切り餅〕本家は〔ひしや〕さん 実家の右どなりなんです。
 絵に描いたような 田舎です。
 機会がございましたら ぜひ訪ねてみて下さい。
 寒さに向かう今日この頃ですがお身体には 充分お気をつけられて 益々 ご活躍
をされることを 祈念いたしております。
 まずは 御礼かたがたご連絡まで。



みなさん お早うございます 無銭です。


圓窓師匠、モテさん、あきらさん、さちかちゃん、たくみさん
名古屋ではお世話になりました。
また速報有り難うございます。


含笑寺の五百噺、本当に楽しかったです。
今日から23日まで留守にします。
とりあえず、生きているという報告です。
五百噺の詳細な報告はモテさん、あきらさん、たくみさんに
お願いするとして、戻ってきましたら、五百噺の前後の
こぼれ話を書きます。
「だくだく」の掲示板にも一言載せさせて頂きました。





その6『 あと2回 頑張ってください 』

文 無銭


  圓窓師匠、モテさん、あきらさん、さちかちゃん、たくみさん、名古屋ではお世話
になりました。
 含笑寺の五百噺、本当に楽しかったです。
 五百噺の詳細な報告はモテさん、あきらさん、たくみさんにお願いするとして、戻
ってきましたら、五百噺の前後のこぼれ話を書きます。


 かなさんの書いた"五百噺初体験レポ(7月20日)"に載っていた、関山先生がい
らしてたという喫茶店に行って来ました。
 含笑寺に行くちょっと斜めの道の手前の角から二軒目にありました。
 ”龍”という名前です。年輩の女性がお一人でやっていらっしゃるようでした。
 カウンターに龍の置物がいくつかあり、壁には龍のポスターが貼ってありました。
 奥にテレビがありまして、今回も大相撲を放送していました。
 関山先生はいらっしゃいませんでした。
 私が店に入ったこの時間には、既に楽屋入りして、中日新聞の取材をお受けになっ
ていらしたようです。
 小さな、決して綺麗という喫茶店ではありませんが、五百噺の前に立ち寄るには便
利です。その日もお店にいた方が高座の真ん前に陣取っていました。
 ”龍”という名前ですが、来年は"巳"に変わっているかも知れません。(笑)


 創作の三席が終わったあと、あきらさんご一家、モテさん、たくみさんは高座で記
念撮影をなさっていました。
 私は久しぶりにお会いした関山先生と積もる話をしていました。関山先生とお話が
出来て本当に良かったです。
 あ、そうそう。(笑)
 圓窓師匠の噺も良かったです。体調も良く、張りのあるお声でした。


 打ち上げは、小島社長、塩澤社長をまじえて、小島社長ご紹介のお店へみなさんと
楽しく談笑しました。
 そして翌日は、恒例の(?)小島社長の新内発表会。
 長演の熱演でした。旦那芸を越えるお見事な芸でした。


 後日、「だくだく」の掲示板にも一言載せさせて頂きましたが、関山和夫先生がお
っしゃった、『完結することに意味があります、落語史上に残る快挙ですとおっしゃ
っいました。本当にそうだと思います。あと残り二回になりました、最後は静かに拍
手して終わりましょう』としみじみとおっしゃった言葉が心に残りました」
 でも、師匠。五百噺完結祝賀会はおやりにならないのですか? せめて胴上げとか
(笑)(圓窓の声「やりませんよ(笑) あたしに馴染まないことですから」)
 圓窓師匠の体調も良く、十月の札幌の時より十才はお若く見えました。
 あと二回、頑張ってください。

2000・12・9 UP








 第165回 圓窓五百噺を聴く会


客席から 聞いたり 見たり  
2000・9・8(金)
名古屋・含笑寺


その489 古典落語  べらぼう蕎麦
その490 古典落語  にせ象
その491 民話落語  煩悩の尺八


文 モテ


 
 雲行きが怪しい含笑寺の夜。
 ゴロゴロと雷の響きが聞える。本堂の壁際のご老体三人。傘を持ってこなかったことを
しきりに悔やんでいる。
「私もですよ、ご同輩」
「だって家を出るときは、青空でしたよね」
開演6時30分。司会の小林先生登場。
「暑いですねえー。いよいよ、来年の3月のゴールが近づきました。マラソンで云えば競
技場に入ったところ。抜かれることはないと思うけど・・・・」(笑)
 そう、あと残り3回。
 この歴史的な記念事業を共有するため、この悪天候にもかかわらず、お客さんの入りは
好調である。


 ユカタをキリリと着た師匠、笑顔で登場。
 恒例の月例報告。
 9月3日の〔圓生物語〕は大入り満員だったとのこと。おめでとうございます。
 あたしは名古屋から参加したので、師匠から特別記念の大入袋を皆様の前で授与されま
した。
「ご亭主よりこの大入袋を大切にしてください」と師匠のお言葉。
 モチロン! でございます。
〔圓生物語〕に出演した入船亭扇橋師匠のエピソードは楽しい。
 扇橋師匠の落語[嘘つき弥次郎]は、前座噺で、全部やってもいいし、短くやってもか
まわないという。北海道から京都まで、弥次郎のホラを聞く隠居のお話。
 楽屋の打ち合わせでは、扇橋師匠は「圓生の思い出を5分。あと20分を落語に当てる」
と云っていたそうだ。が、高座に上がれば、上がったものの勝ち。結局、40分たっぷり
やってくれた。あのときの扇橋師匠の軽妙で洒脱なお話は、いつまでも聴いていたい味の
あるものでした。


その489[べらぼう蕎麦]
 埋もれた噺を復活させたもの。なぜ埋もれてしまったか? をマクラを振りながら考察
する師匠。
「第一は時代に合わないから。言葉のことなどがあってだんだんやられなくなってきた」
 ここで師匠、湯飲みに手をかけて引き寄せる。おや、飲むのかな? 違った。高座の周
りの環境を整えていたみたいだ。
「言葉には隠語、符丁があり、あまりいい意味では使わない。”セコイ”は噺家の符丁だ
ったが、今では一般化されて、幼稚園児でも使う。
 落語でおなじみの”与太郎”も、楽屋では大きな声じゃいえない時に、符丁として「ア
イツ、与太郎だよ」という風に使う。”金ちゃん”はお客さんのことを指す。「どうだい、
金ちゃんは?」という時は、お客の入りのことを指す。
 でも「アイツは一寸おかしいね」「金だよ」という風にも使う。与太郎は落語の主人公
になるくらいだから、かわいいところがあるが、”金ちゃん”はそれとはちょっと違う変
な人を指すようだ」
 と、マクラも長くなる。


 この落語、元は[よいよい蕎麦]と言った。”よいよい”とは中風のことで、差別用語
にあたるようなので、それを圓窓師匠は[べらぼう蕎麦]と改めた。
 主人公はものを知らない田舎の人ふたり。江戸の蕎麦を食べたいと、店を探して、蕎麦
の注文も四苦八苦、やっと出された蕎麦の食べ方がわからず、悪戦苦闘する様を微に入り
細に入り描写する。薬味がただと聞けば、山ほども振り掛ける。長い蕎麦を箸で持ったは
よいが、長すぎて自分の口には届かない。食べたくても、食べられない二人が考えた方法
は・・・・。
 ちゃきちゃきの江戸っ子が蕎麦をたべる様を見て感心する田舎もの。そして啖呵「べら
ぼうめ」を誉め言葉と勘違いした二人が、後刻、芝居小屋でかけた掛け声は?


 師匠はマクラで「そばを食べる所作は、自分で実際に食べているだけではうまく表現で
きないし、鏡を見ても上手くいかない。人がやっている所作を見て研究するのだ」とおっ
しゃっていました。
 得体のしれない物体と格闘した田舎の人たち。蕎麦はまずかったに違いありません。
 聞いていたこちらは、口直しに、新蕎麦が食べたくなりました。


 中入り。
 外は、ザアザアと大雨である。締め切った室内は蒸し風呂状態。
 関山先生、颯爽と登場。この暑いのに黒のスーツにネクタイ姿。そういえば先生は決し
て、シャツ姿になられない。
「暑いですね。でもネクタイを締めれば暑くないです」
ニヤリとして「心頭滅却すれば火もまた涼し。やせがまんじゃないですよ」
「五百噺、あと3回となりました。おめでたくも、ありさびしくもあり。でもあと3回が
大事。しくじってはいけない」
 又、ニヤリとして「人間万事塞翁が馬です。私だって、思いもよらず転倒して、入院す
るはめになりました」
「五百噺を完成させて、どういう風に実っていくのか、皆さん見届けてほしい」
 大雨にもかかわらず、玄関先に立って聞いておられる方も多数。


その490[にせ象]
 お酒を飲んだ上のマチガイのお話。
「お酒の上で失敗して、一般サラリーマンだったらもう会社にいられないような酒飲みが
まだ楽屋にはゴロゴロいます」
 と、師匠のマクラ。
「酒で失敗し、師匠に耳に入ったか、とお詫びに行くと『仕様がねえなぁぁぁ』って、師
匠の方も酔っ払っていたりする」


 酒を飲み、グダグダ云っている旗本の元へ、骨董屋金兵衛があいさつに現れる。
 金兵衛を相手に酒を飲む旗本。世にも珍しいもの、人が驚嘆するようなものを所望する
旗本に、安請け合いをする骨董屋。
 江戸で話題となった"象"の子どもをつれてくるという。
 待ちかねて、女中を使いに出す旗本。金兵衛が連れてきたのは"小僧"であった。


 一本してやられたお旗本。
 でも酒飲み同士、こうやって仲良く遊んでいるのでは、と思えるお話でした。


その491[煩悩の尺八]
 播磨の国の人情話で締めくくり。
 細工物の腕のよい男が子供二人と暮らしていた。その腕を見込まれ、京都で教えてほし
いと頼まれる。子供は名主に預けて京で働く。
 大晦日の夜、尺八の音が聞えてくるが、その音色にのって、子供の声「ちゃーん」「お
とっちゃん」の声が聞える。
 毎年、大晦日の夜には必ず尺八と子供の声が聞える。
 約束の5年たって、国に戻るが、家はがらんどうである。子供は父の後を追っていなく
なっていた。
 その年の大晦日に尺八の音色。尺八を吹いていた虚無僧に子供のことを聞き、歎き悔や
む父親。
 除夜の鐘がゴーン、ゴーンとなっている。
「あれも煩悩の百八つ(尺八)」


 あまりにも哀れなお話。
 親子の情愛が切なくて、しんみりとしてしまいました。
 話し終えた師匠。高座のお茶をカプリと飲みほしました。
 初めての"お茶記念日"でした。
2000・12・02 UP