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噺のような話 No1〔 寝 床 〕 

 『 飲 み 会 の 大 好 き 人 間 』

一筆  永谷野 華美


 この春、役所からの天下りでやってきた我が上司、悪い人ではないが、いかんせん
話が長い。みんなが遠慮して黙っているのをいいことに、ひとたび話に火がついたら
もう止まらない。現職中の仕事に始まりテレビでつかんだ環境問題、果ては家族の話
まで、延々話し続け、まわりの人の都合などお構いなし。しかも日を追うごとに同じ
話が多くなってくると、もういけない。はじめの頃の「話し上手」「知識が豊富」と
の噂が、すっかり、ただの”困ったおじさん”に成り果ててしまった。


 そんな評価も定着してしまったある夏の日。”困ったおじさん”、何を考えたか、
「俺の家に招待するからみんなで飲もう」と言い出した。”困ったおじさん”は飲み
会が大好き。おまけに、飲むと毎回すこぶるつきの酔っ払いになる人ときた。呼びか
けられた私たちの困らぬことかは。
 「えーっと、主人に相談してみなくちゃ」
 「家内が毎日遅いので子供の面倒を・・・」
 「天気もしばらく悪そうだし」
 「私はこの日はだめですから、どうぞみなさんで・・・」
 「あ、華美ちゃんが行かないなら、私も行きません・・・」
 ここまで言われて、まだ”みんなと我が家で飲みたい”なんてぇ人間は、この世に
はありますまい。
 と、思いきや、”困ったおじさん”は一人で料理の算段に入りはじめた。
「あそこのスーパーで肉買って、サラダもお惣菜売り場で買って・・・」
 さらに抵抗する私たち。
「奥様に申し訳ないし」
「お宅だとかえって気を遣ってくつろげませんしねえ」と。
 するとおじさん、算段を継続しながらもどんどん機嫌が悪くなってくる。果ては、
「俺の家は気を遣わない家なんだ! 俺はみんなと家で飲みたいんだ!」
おいおい、気を遣わないのはあんただけだよ。楽しいのもあんただけ。どうしてわ
かんないかねえ、この私たちの顔を見て。いいよ、一人で機嫌悪くしときなよ。みん
な行かないんだから。
 と、その時、
「あ、じゃあ、この日だったら」と、日程を検討する奴が現れた。
「俺、道順知ってるから、乗り合わせて行く?」
「華美ちゃんも行くでしょ、直接の部下はあんた一人なんだから」
 おいおい、ほんとかよお!!! なんでそんな奴の顔色に弱いかねえ、日本人って。
勘弁してよぉ、みんなだってイヤなんでしょう? あの長い長い演説を聞きたい訳じ
ゃないでしょう? そりゃまあ、おじさんの機嫌を損ねたら、明日からの仕事もやり
づらくなるけどさ、一日ぐらい我慢すればいいって了見はよくないよ。イヤなものは
イヤだって、本人にもわからせなくっちゃ駄目だよ!!!!
 ・・・と、表立って反論もできずに行くことになってしまった私も、結局、日本人
だったと言うべきか。ああ〜〜〜っ。
 ん? ん? 待て待て待て! これって、もしかして、落語の〔寝床〕、そのまん
まじゃない? は〜ん、あるんだねえ、ほんとにこんなことって。どこにでも、いつ
の世にも、いるんだよ、こういうワガママなおじさんって。こりゃ、世紀の大発見だ。


 ついに嫌々ながらよばれたおじさんちでの宴会。みんなで座布団を広げる時なんざ
ぁ、まさに義太夫を聴かされる長屋の衆の気分。でも、不機嫌のうちに算段された不
幸なお肉やサラダは、思いの外おいしかった。
 〔茶の湯〕にならなかっただけまだマシだった、ということにしておくか。
2000・12・9 UP
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[茶の湯]の梗概は、圓窓五百噺付録袋/圓窓五百噺ダイジェスト/茶の湯