圓窓五百噺ダイジェスト(ほ行)

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ほうじの茶(ほうじのちゃ)/仏相撲(ほとけずもう)/本膳(ほんぜん)

圓窓五百噺ダイジェスト 7  [ほうじの茶(ほうじのちゃ)]


 
 幇間の一八が若旦那に呼ばれて、お茶屋の座敷へ行く。
「一八。なにか面白いことはないか」
「世にも珍しいお茶をご覧に入れましょう。見たい聞きたいものを念じながら、この茶を
焙じます。それに湯をかけると、湯気が出ます。その湯気の中に念じたものが現れるんで
す」
 一八は若旦那の注文(歌舞伎役者や唄い手)を聞いて、やって見せる。なるほど、湯気
の中に次から次へと現れた。
「若旦那。気に入ったら、五両で買ってくださいな」
「親父に死なれちゃって、今、そんな金はないよ。負けろよ」
「そうはいきませんよ。これしかない品ですから」
掛け合っていると、階下から女中が「下で女将が呼んでますよ」と一八を呼びに来る。
一八が下へ行っている間に、若旦那は考えた。
「おれが買い取って、やってみて、現れなかったら、馬鹿みるね。この間にちょいと試し
てみよう。芸者の三輪に出てきてもらおう」
階下を気にしながら、一八がやった順を真似して、三輪の名を念じ、ぎごちない手つきで
焙じて湯をかけると、現れたのは、なんと、死んだ親父、しかも幽霊姿で。
「倅! お前ほど不孝者はない。四十九日もそうだった、一周忌もそうだ。どこでなにを
してた。顔を出さなかったな。馬鹿ヤロー!」
 若旦那が震えて念仏を唱えているうちに、親父の姿は消えた。
 そこへ戻ってきた、一八。
「どうしました、若旦那」
「試してみたんだよ。三輪に会おうと念じてやったら、死んだ親父が出てきて、『四十九
日、一周忌、どこへ行ってた!』って、怒鳴られた。こんなお茶は買うわけにはいかない
よ」「若旦那。火の上でお茶を充分に(焙じる手振り)やりましたか」
「お前が戻ってくるのが気になって、充分にはやらなかったな」
「それでわかりました。若旦那の法事(焙じ)が足りません」
1999・12・20 UP




圓窓五百噺ダイジェスト 77 [仏相撲(ほとけずもう)]

 昔、岐阜の宮川村では相撲が盛んで、村の長者が東の大関を張っていた。しかし、
本当に強いわけではなく、相手をする者は巧く負けるというヨイショ相撲。でも、長
者は実力だと思って、鼻高々。けちん坊な長者ですが、自分の屋敷の庭に土俵を作る
という熱の入れよう。
 ここに永年勤めている働き者の作兵衛という男。ある日、山で柴を刈っていると、
仏様の形によく似ている木の切り株を見付けて持って帰った。自分の寝間に置いて、
朝晩、拝むだけじゃない。自分が毎日たべる三度三度の食事を少し削ってお供えをす
るようになった。
 これを知った長者は「お前の木仏とわしの金仏で相撲を取らせよう」と言い出した。
「お前の木仏が勝ったら、家財家財を残らずやる。金仏が買ったら生涯、お前をただ
で働かせる」とも言い放った。
 困った作兵衛は木仏に言った。「長者様から『金仏さまと相撲を取れ』と言われて
おりますが……」
 木仏は笑顔で言った。「心配無用。取ろうではないか」
 いよいよ屋敷の土俵で取り組むことになり、村の者も大勢が見物に来た。取らせて
みると面白いもんで、いろんな手が飛び出してくる。
 張り倒し、じゃなくて、拝み倒し。外掛け、内掛け、じゃなくて、願掛け。そのう
ちに金仏が足を滑らせて土俵の上に倒れ込んだ。
「木仏―ッ」という勝ち名乗り。ワー、という歓声。
 約束通り、長者は金仏を背負って屋敷を出て行った。「金仏様。なんだってあんな
木仏に負けたのじゃ」。背中の金仏が言った。「お前はけちじゃのぅ。あんたの所へ
きたからはなに一つお供えを貰ったことがない。腹が減っていて力が出なかったのじ
ゃ」
 一方、作兵衛は一遍に長者になった。改めて奥に木仏を安置した。
「木仏様。よくぞお勝ちになりました」
「普段からのお前さんの信心ぶりを見ていて、『心配無用』と言ったのじゃ。その通
りになったのじゃ」
「おらは少ねぇが三度三度、おまんまをお上げしただけでごぜぇます」
「それじゃよ。供え(備え)あれば、憂いなしじゃ」


(圓窓のひとこと備考)
 宮川村にあるという民話をあたしが落語化した。もちろん、民話では落ちはなかっ
たので考案した。
2006・8・15 UP




圓窓五百噺ダイジェスト 74 [本膳(ほんぜん)]

 村の庄屋から村中へ「今晩、馳走いたしますから、お出かけください」という回状
がまわった。
 村の者は考えた。「庄屋さまのご馳走だから、本膳に違いない。本膳には礼式があ
って、それを知らないと恥をかく。誰かに教えてもらおう」
 そこで連中は村の子供たちの手習いをみている先生の所へやってきた。
 先生は一人ずつに教えるのは大変なので、一計を案じた。「あたくしも招かれてお
りますので、失礼ながら上座に座らせていただきます。その横をみなさんが座ってく
ださい。そして、あたしのすることなすことを順に順に真似て伝えるのは、どうでし
ょうか」
「真似て伝えるか…。村の言伝てと同じだ。わけねぇ」


 陽が暮れると、皆、紋服を着て先生の所へ集まった。
「茂十が来てねぇな。吾作よ。お前の家の隣だんべぇ。一緒に来たのではねぇのか」
「出かけるとき、声かけただが…。じゃ、呼びに行ってくるだ」
「いいよ、呼びに行かなくても。遅くなると、庄屋さまだって困るだんべぇ」
「じゃ、みんなで先へ行っちまうか」
 先生が先頭。その後ろを村の年かさの千兵衛という人が付いて。あとも、一列にな
って続いた。吾作はいちばん後ろに付いて、「茂十は、まだ来ねぇのかぁ…」と心配
そうに、あとを振り返り、ふりかえり歩いている。
 庄屋の家に着いて、先生が上座。村の人たちは、その横にズラーッと並んで座った。
 先生から順に、順に膳が出た。茂十の分まで膳が出たので、吾作の隣は誰も座って
いない。先生が吸物を一口吸う。と、千兵衛から順に、村の人も真似て一口。中には
一口で残らず吸った者がいて、大騒ぎ。
 先生がお平の長芋を箸で挟もうとした。が、ツルッと滑って、長芋は膳の上をコロ
コロコロ。あわてて、また、挟もうとすると、ヌルッ。先生は刺したほうがいいだろ
うと、さりげなく、プツッ。
 千兵衛はこれも本膳の礼式だと解釈して、長芋をわざと二度、転がして、三度目に
つっ突いた。が、長芋はまたコロコロコロ。また、刺す。
 これを、村の連中が順に順に真似していったから、ガチャガチャ、ガチャガチャと、
うるさいのなんの。
 先生はおまんまを食べようと、茶碗を持って顔を近づけた。ところが、おまんまが
テンコ盛りになっていたので、先生の鼻の頭におまんま粒が三粒付いた。
 千兵衛はこれも真似して、三粒、鼻の頭へ。順に、順に…。中には、顔中、飯粒だ
らけにしてるヤツもいる。
 先生もこれにはあきれて、「真似もいい加減にしなさい」というつもりで、隣の千
兵衛を肘で、ちょいと突いた。
 千兵衛はこれも本膳の礼式だと思い、真似して隣の者の脇腹を肘で、エイ!
 これが、またも順に、順に、エイ! 痛いッ エイ! 痛いッ。
 いちばん最後に座っている茂十。「ああ、痛ぇ…。さぁ、今度は俺がやる番だぞ」
と、腕捲くりをして、肘を高くあげて、ヒョイと脇を見ると、壁で行き止まりで、誰
もいない。「やっぱり、茂十を呼んでくればよかった」


(圓窓のひとこと備考)
 既成のこの噺の落ちは「―――壁で行き止まりで、誰もいない。『先生。この礼式
はどこへもっていくでぇ』」というのであるが、どうも納得度は低い。そこで改良し
たのである。
2006・8・3 UP