圓窓五百噺ダイジェスト(た行)

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幇間腹(たいこばら)/だくだく/叩き蟹(たたきがに)/田能久(たのきゅう)/試し酒(ためしざけ)/垂乳根(たらちね)/短命(たんめい)

圓窓五百噺ダイジェスト 6  [幇間腹(たいこばら)]

 いろんな遊びをやり尽くした、大家(たいけ)の若旦那が鍼をやってみようと、道具を
買い込んだ。
 書物を読みながら、壁やら柱やら枕やらに打ってみるが、反応がないので張り合いがな
い。やはり生き物でないと駄目だと、猫に打つ。猫は若旦那の手をひっかいて逃げてしま
う。
 逆らわないものに限ると考え、幇間の一八に打とうと、お茶屋の二階に一八を呼んで「
お前に鍼を打つ」と言い渡す。
 一八は怖くなって断わったが、「羽織に祝儀を付けてやろう」と言われ、しぶしぶ承諾
する。
 一八は「打つ場所は足の踵」とお願いするが、若旦那は「腹に打つ」と言い張るので、
あきらめた一八はこわごわ腹を出す。
 若旦那は喜んで打つたが、一八があまりの痛さに腹をよじったので、鍼が折れてしまう。
若旦那は慌てて迎え鍼を打ったが、鍼はまた折れてしまう。
 流れ出す血も止まらない。さすがの若旦那も青くなり、手に負えないと部屋を逃げ出し
た。
 心配したお茶屋の女将が部屋に上がってきたので、一八は事の顛末を話した。
「馬鹿だね、一八さん。でも、お前もさんざ鳴らした幇間(たいこ)。いくらかにはなっ
たんだろう?」
「いいえ、皮が破れてなりませんでした」

1999・12・20 UP




圓窓五百噺ダイジェスト 52 [叩き蟹(たたきがに)]

 江戸の日本橋のたもとに黄金餅という名物を売っている餅屋がある。どこかの子供
が餅を盗もうとして主に捕まり、これから折檻を受けるはめになって、それを見よう
と、たいそうな人だかりになった。
 後ろから割って出た旅人が、可哀想だからと口を利いてきた。聞けば、大工の父親
は怪我、母親は体調を崩して寝たきりだという。
 旅人は「この子に情けはかけられないかい…?」
 主は「こんなガキに情けをかけたって無駄だよ。言葉通り、ガキのためにならない
から。情けは人のためならず、と言ってね」
 旅人「それは違う。その言葉はね」と言いかけてやめて、「勘定をあたしが払うか
ら、この子に餅を食べさせな」
 主「よし。そうしよう」
 子供に三皿食べさせ、七皿分の土産まで持たせて帰してやる。
 しかし、勘定を払おうとして気が付いた。財布がないのだ。仕方なく、餅代百文の
担保(かた)として、木で蟹を彫って名も告げず立ち去る。
 主が腹立ち紛れに蟹の甲羅を煙管で叩くと、横に這い出した。何度やっても、横に
這う。これが評判となって、店はえらい繁盛。

 二年後、蟹を彫った旅人が店にやってきた。百文返して、あのときの坊やの消息を
訊いた。
 主は「あのあとすぐにあの子の両親を見舞い、医者を呼んで診せました。母親は元
気になったが、父親は助からず……。それが、縁で子供がこの餅屋で働くことなり、
今ではどうにか一人前、おかげさまであたしも楽になりました」
 旅人「餅屋、悟ったな。あのとき、『情けは人のためならず。この餓鬼のためにな
らねぇ、無駄になるから情けはかけたくねぇ』って言ったな。あれは違う。『情けは
人のためならず』というのは、人に情けをかけると、それがいつか回りまわって自分
に戻ってくるということ。お前さんは子供の両親を見舞って、情けをかけた。それが
縁で子供がここで働くようになり、今では楽ができて嬉しい。ほぅら、情けが戻って
きた。これをいうんだ。『情けは人の為ならず』というのは」
 主「お名前を聞かせていただきとう存じます」
 旅人「あの蟹を彫るとき、あたしは魂を打ち込んで仕上げたつもりだ。お前さんも
その魂を掴んでくれた。だからこそ、いまだに元気よく這っているんだ。つまり、名
前はなくても魂があればいいんだ。『無名有魂』とでも言うかな……。おわかりかな
……」
 子供「おじさん。左甚五郎って人でしょう。死んだお父っつぁんの言っていたこと
を思い出したの…。飛騨の高山に甚五郎って名人がいて、その名人はなにか気に入る
といい仕事をして、黙ってどっかへ行っちゃう人なんだって……」
 甚五郎「うーん、ばれたか…。いかにもあたしは飛騨高山の匠(たくみ)、左甚五
郎利勝」
 主はびっくり。子供も大喜びで、食べてもらおうと、餅を運んできた。
「黄金餅は情け餅と名前を変えたの。また、切り餅も名物だよ。食べておくれ」
 甚五郎が一切れとろうとすると、切り餅はいくつも繋がっているではないか。
「おやおや。坊や、まだ修業が足りないねぇ」
「すいません。庖丁を持って来ますから」
 これを聞いていた蟹が、つ、つ、つ、つっと這ってきて、
「{両手の指を鋏の形にして}使ってくださいな」

(圓窓のひとこと備考)
 講釈、浪曲で盛んに演られている甚五郎物である。落語にも導入された物もいくつ
かあるが、どれもこれも面白いとはいえない。とくに浪曲は面白く構成、演出がまと
まっている。圓窓の甚五郎シリーズの[叩き蟹][竹の水仙][いただき猫]は浪曲
から学んだところが多い。
 それと言いたいことがある。甚五郎は美術史に名を残すような実在の人物ではない。
いわば、庶民の英雄として伝わってきた架空の人物である。だから、甚五郎作といわ
れる作品は全国に散在する。どれ一つとっても「甚五郎 彫」という刻みは入ってい
ない。架空の人物だから当然さ、と言われればそれまでだが、あたしはあえて「甚五
郎に無名有魂の信念があるから名は刻まなかったのだ」という仮説を立てた。
 ついでにもう一つ。日本の話芸ははなから主人公の名を明かしてから始まるのを常
としてきた。圓窓はこれに反発して、マクラでも甚五郎には触れず、本題に入っても
名乗りはせず、旅人として登場させている。後半、なんらかのきっかけから甚五郎と
いう名がわかってくるという、構成にした。つまり、ミステリーめいた流れにしたの
である。
 最後に。元々、落ちはなかったので考案した。仕草落ちである。
2006・6・29 UP




圓窓五百噺ダイジェスト 63 [田能久(たのきゅう)]

 阿波の国の田能村のお百姓、久兵衛は芝居が大好きで、仲間を集めて田能久一座を
結成した。
 伊予の宇和島で興行中に、国元からの手紙で「母親が急病」とのこと。あとのこと
は一座の者に任せてすぐに帰ることにした。
 法華津峠を越えようと上り始めたが、雨風がひどくなったので山小屋へ避難した。
そこで、火を起こして一休みしているうちに寝込んでしまう。寒さを感じて目を覚ま
すと、白髪の老人が立っていた。
「俺は、ウワバミだ。久しく人を食べてないからありがてぇ。お前の名は何という?」
久兵衛は恐ろしさに呂律も回らない口で「た……、のー、きゅ……、うぅぅ、です」
と答えると、ウワバミの老人は「狸だ……? 人間じゃねぇのか。食べたくもねぇな。
これもなにかの縁だ。何かに化けて見せろ」と言うのである。
 久兵衛は持っている芝居のカツラを順に被って、女、坊主、石川五右衛門になって
見せた。すっかり信用したウワバミ、「俺の所へきて化け方を教えてくれ。母親が治
ったら俺の所へ来い。これから西へ行った二本松の近くだ」と言い出した。そして、
嗜好の話になって、ウワバミは「煙草のヤニと柿の渋が大嫌い」、久兵衛は「金が仇
の世の中、金が怖い」と言う。
 やっと山を下りた久兵衛は蛇の口を逃れたわけで、麓の村人にウワバミとのやりと
りをすべて喋り、ウワバミ退治をお願いする。村人たちはすぐに煙草のヤニと柿渋を
集めて山狩りを始めたが、もうひと息のところでウワバミに逃げられてしまった。
 こちらは久兵衛。家に帰ると、母親は回復していて安心。夜中、戸を叩く音。戸を
開けてみると、なんと血だらけのウワバミの老人だ。
「お前が人に喋ったから、煙草のヤニと柿渋で死ぬところだった。俺にも同じ思いを
させるから覚悟しろ!」と大きな箱を投げ込んで姿を消した。
 田能久がこわごわ開けて見ると、小判で三億両入っていた。

(圓窓のひとこと備考)
 出典は地元の昔話。いつ頃、移入されたかはわからないが、噺にぴったりする内容
である。落ちの「三億円」はあたしの改良なのだが、「いくら誇張であっても、江戸
の時代にその額は多すぎる」とよく批判された。1968年に「三億円事件」が起き
て、それも迷宮入りになって大いに話題になったので、その金額を落ちに嵌め込んだ。
どうせ架空なる昔話なので、支障はあるまいと思っているのだが……。
2006・7・12 UP




圓窓五百噺ダイジェスト 47 [試し酒(ためしざけ)]

 近江屋の主人が駿河屋へ立ち寄った。いつしか、主人同士の酒の談義になった。
 近江屋は「供に連れてきた下男の久造はいちどきに五升の酒を呑む」と言い出した。
 駿河屋はとても信じられないので、外に待たしているという久造を座敷にあげて、
「本当に五升の酒が呑めるかどうか」と本人に確かめる。
 久造は「どのくらい呑めるか、計って呑んでみたことがない……」と答える。
 駿河屋は「ここで呑んで見せてくれないか。呑めたら褒美に小遣いをやろう」と。
 近江屋は「呑めなかったら駿河屋さんを招待をしてご馳走をしましょう」と言う。
 久造は「ちょっくら待ってもらいてぇ。おら、少し考げえるだから」と、表へ出て
行く。しばらくして戻ってきて、久造は五升酒の賭け応じて呑み始めた。二人と会話
を交しながら一升入りの大盃で見事に五杯呑んでしまった。
 賭けに負けた駿河屋は「さっき考えると言って表へ出て行った、なにかお呪いでも
してきたのか?」と訊いた。
 すると、久造は「今まで五升と決った酒ぇ呑んだことがねぁから、表の酒屋へ行っ
て試しに五升呑んでみたのだ」

(圓窓のひとこと備考)
 一つの意見がある。「久造は外で試しに五升呑んで戻ってきたので、多少は酔って
いなくては不自然である」という。しかし、それこそ不自然。話芸の嘘を発揮してこ
そ価値観を表す噺であるので、素面で戻ってくるべきである。
 明治時代の快楽亭ブラックの演じた「英国のおとしばなし」(後、「ビールの賭飲
み」と改題)を昭和の初期、今村信雄が週刊朝日に発表した新作。見事な作品となっ
た。
2006・6・23 UP




圓窓五百噺ダイジェスト 48 [垂乳根(たらちね)]

 大家に呼ばれた八五郎が行ってみると、「お前さんに嫁を世話する」いう。「歳は
二十歳、器量は十人並みで、夏冬の道具も一通り持ってくる」という好条件だが、「
京都のさるお屋敷に奉公していたので言葉が丁寧すぎる」ということである。
 話はすぐにまとまって、今夜、輿入れということで、八五郎の所へその嫁が来るこ
とになった。
 八五郎は長屋に戻り、隣の糊屋のばあさんに部屋の掃除を頼むと、床屋、湯屋へ行
って身ぎれいになった。嫁が来るのを待つ間、八五郎は夫婦で飯を食ったり喧嘩をす
る場面を連想して一人で大はしゃぎをしだす。
 日が落ちて、大家が嫁を連れてきたが、「仲人は宵の内だから」と言ってさっさと
帰ってしまった。
 八五郎が照れながら、自分で名前を名乗り、嫁の名前を問うと、「父は元、京都大
内産にして、姓は安藤、名は慶蔵、あざなを五光と申せしが、我が母、三十三歳の折、
ある夜、丹頂の鶴を夢見てわらわを孕めるがゆえ、垂乳根の胎内を出でし時は、鶴女
鶴女と申せしが、それは幼名。成長ののち、これを改め、清女と申しはべるなり」、と
答えるではないか。
 八五郎は丁寧で長い名前にびっくりして、「明日、大家と相談して短くしてもらう
から」と、ことを納める。
 翌朝、嫁は早く起き出して朝飯の仕度。ちょうど小商人が葱を売りにきたので、「
門前に位置をなす、しず(賎)のおのこ(男)」と呼び止め、続けて丁寧な言葉を連
発してきたので、小商人はおろおろしているばかり。
 この状況を見た八五郎は出ていって、小商人に訊いた。
「葱は玉葱かい?」
「いいえ、長葱でござんす」
「長いの? やぁぁ、名前だけでたくさんだ」

(圓窓のひとこと備考)
 [寿限無]と並んで代表的な前座噺。大阪ではこの噺を[延陽伯](えんようはく)
という題で演じている。
 元々の落ちはこうである。
 嫁が葱を買ったあと、八五郎に「ああら、我が君。日も東方に出現ましませば、早
々ご起床めされ、嗽手水に身を清め、神前仏前に御明かしな供えられ、御飯召し上が
ってしかるびょう存じたてまつる。恐惶謹言」「飯を食うことがキョウコウキンゲン
? じゃぁ酒を呑んだら酔って(依って)管ん(件)の如し」と。
 昔の候文の手紙の結びの言葉を落ちにしている。理解しがたいものであるが、その
まま演る者のほうが多い。
 そこで、あたし(圓窓)は「長い葱」を落ちに使っている。

2006・6・28 UP




圓窓五百噺ダイジェスト 49 [短命(たんめい)]

 八五郎が隠居の所へ行って馬鹿っ話。
 八五郎が「伊勢屋の旦那がまた死んだ」と言うので、隠居が訊きただすと、「実は
五年前、大旦那亡き後、娘が婿を貰って、その婿が伊勢屋の跡継ぎになった。二人は
小町と言われた女と業平のようないい男で仲もよく評判でした。ところが、三月ほど
で婿はぽっくり死んじまった。二年後、今度は丈夫そうな婿に迎えたが、これも二月
でぽっくり。で、去年、もっとがっしりした男を貰ったんですが、昨夜、亡くなった
んです。どうして、あそこの婿は早死にするんでしょうね」と顛末を話した。
 隠居は「昔から美人薄命というからな」と答えたが、八五郎にはそれが理解できな
いので、「なぜ、女が美人だと、男は早死になんですかね」と重ねて訊く。
 隠居はわかりやすく説明しようと「いい女といい男だ。店の方は奉公人にまかせて
安泰。昼も二人で部屋にこもっていることが多くなる。食事も二人きり。女が茶碗を
差し出すと、男が受け取る。指と指が触れる。男が女の顔を見ると、震いつきたくな
るようないい女だ。これは、短命だろう」と言う。
 ところが、八五郎は「指から毒が入って……、短命……?」
 しかたなく、隠居はますますわかりやすくしようと「女が茶碗を差し出す、男が受
け取る。指と指が触れる。顔を見ると、震いつきたくなるようないい女だ。二人っ切
りだ……。誰にも遠慮はいらない……。茶碗は膳に置いて……、ご飯は後に回して…
…、ついつい……、なぁ……? 日に二度、三度ということが続けば……、これじゃ
ぁ、どうしても、短命になるだろう」
 これで、八五郎、やっとわかって、大喜び。
 家へ帰って、八五郎。おかみさんに頼んで飯をよそってもらう。
 普段、そんなことをしたことないかみさんは、いやいやよそって茶碗を差し出す。
 八五郎が受け取ろうとすると……、なるほど……、指と指が触れる……。おかみさ
んの顔を見て……、八五郎、一言つぶやいた。「ああ……、おれは長命だ……」

(圓窓のひとこと備考)
 このタイトル[短命]では縁起が悪い、という発想がある。というのは、楽屋帳に
前座がタイトル名と演者の名前を書き込んでいくのだが、「短命 圓窓」では失礼に
あたるのではないかと、気を遣い、「長命 圓窓」と書くようになる。
 しかし、隠居と八五郎の繰り返す「短命」という言葉が落ちを引き出すのだし、や
はりタイトルは[短命]であってほしい。
2006・6・28 UP