長いことご愛顧いただきましたこの掲示板は、「圓窓ブログ」に変更いたしました。 過去のデータはここに保存してありますので、閑な折り、読み直してください。 そして、続けて「圓窓ブログ」とのお付き合いをよろしくお願いします。 2006・7・24日 三遊亭 圓窓 |
「圓窓から一言。
心無き書き込みがありますので、この掲示板を書き込み中止にいたします。
善後策をこうじて、またスタートいたしますので、よろしく、、。」
圓窓
== ここに「落ち」あり ==
>一、「銭をたれる馬がいる」
>二、聴き手が納得して、そういう馬がいるんだ、と思う。
>三、「長者どんの失敗」
>四、長者どんがわけを知る(落ち)→聴き手もダマされていたことに気づく
ですが、僕は
二、聴き手は、長者にウソがばれた時に、又蔵ががどう切り抜けるんだろうかとハラハラする。
三、案の定ウソが発覚して長者が怒る
四、ウソを重ねて乗り切ってしまう
五、聴き手「ヘ〜〜〜〜」
だと思っていました。
その上、銭じゃなくて小判を食わせても銭になるわけが無いんで、これもウソですから、
それがいずれバレたらどうするんだろうと聴き手が考えているうちに話が終わってしまうという。
そんな噺だと思っていました。
落語の中には、結構、その後どうなるの?って思ってるうちに終わってしまって、
その聴き手が噺の余韻の中に留まっているうちに噺家が聴き手を突き放して終わってしまうってのも
落ちの要素だと思ってます。
>>> そりゃそーだよと言われそうなな気もしますが、僕にとっては新鮮だったもんで。
> これって、俳句の世界にもあるのです、、、。
お返事ありがとうございます。
俳句の世界にもあるのですか。
そっちのお話もお伺いしたい気持ち半分。俳句は敷居が高いなぁと思う気持ち半分です。
圓窓の大きな独り言
ItunesへUPするコーヒー小咄2の試聴用のCDが届く。
聞かなくっちゃ、、、。
自分の声って、どうも、、、、。
圓窓
圓窓の大きな独り言
昨日の経堂小学校の校長室に元総理の鈴木善幸氏の学が掛かっていた。
「克学克遊」と。
この学校の創立50周年のおり、揮毫したとか。
氏の子と孫が5人、通学していた縁とか、、、。
圓窓
ある日の世間話
$ 歌舞伎の中村獅童が信号無視と酒気帯び運転で捕まる。
教育的指導を受けているとか。
何年か前、やはり歌舞伎の中村福助が交通違反で捕まったことがある、
「もう二度としません」と謝ったが、「なんの、度々(足袋足袋)やるだろう」という評もあった。
圓窓
圓窓
圓窓の大きな独り言
パソコンのパチンコ。
ものすごい、、、。
隙間なく打たれている釘を抜けて穴に入るのだ!
圓窓
06年7月12日
今日は何の日小咄「ラジオ本放送の日」
# 1925(大正14)年、東京放送局(現在のNHK)がラジオの本放送を開始した。仮放送が始まったのはその年の3月22日だった。
$「その日から集金が始まったのかな?」
「不正も始まったのかな?」
圓窓
一日一句 12日
ほおづきを鳴らす子に席譲られて 圓窓
圓窓
今日の出来事・12日
ヤフーで映画が見られると、弥助さんに教わってみているが、パチンコもできるらいいとのこと。
やっている。
よく入る、、、。(笑)
圓窓
06年7月11日
今日は何の日小咄「真珠記念日」
# 1893(明治26)年、三重県鳥羽町の御木本幸吉夫妻が、初めて真珠の養殖に成功した。養殖場を始めてから3年目で、半円形ながら5粒の養殖真珠が収穫された。円形の真珠は1906(明治39)年に完成した。
$「真珠はアコヤ貝を使って作るんだね」
「最初は半円形。13年後、やっと円形の真珠ができたんだ」
「苦労したんだね」
「真珠作りが生き貝(甲斐)だったんだね」
圓窓
一日一句 11日
風ありてほおづきの花見つかりぬ 圓窓
ほおづきの句を連作するか、、、、。
圓窓
<< 蕎麦のほそ味 >>
往復、教科書の社に車で往復送ってもらった。
帰りは中野の南口の「長寿庵」で手繰る。
店内のテレビの画質のいいこと、、、、。
ケーブルだという、、、、、。
圓窓
今日の出来事・11日
不審者が多いので、出入りするPTAはみな大きな札を首から提げていた、、、、。
「子供に対する最高責任者は親!」と力説した。
圓窓
今日の出来事・11日
世田谷の経堂小学校へ。
PTAの主催の講演と落語の会。
「落語の中の教育論」と[夕立屋]。
校長先生が「以前、全特活で講演していただきました」と言う。
そういえば、代々木の大きなホールで講演させてもらったっけ、、、。
その折の講演記録の載っている会報を頂く。
圓窓
今日の出来事・11日
弥助さんへ。
消えたダータ、復活しました。
ありがとうございます。
助かりました。
復活ロマンポルノ、、、、、。(笑)
圓窓
もう一度。感想を、、、。
ちょっと改変しますが、、、。
この噺[銭たれ馬]の場合、「おはぎ大好き」と違うのは、「錯覚」を起こしているのは、長者どんだけでなく、「噺の聴き手」も、という点です。
つまり、前回のオウム返しの図式をもとに分析すると、
一、「銭をたれる馬がいる」
二、聴き手が納得して、そういう馬がいるんだ、と思う。
三、「長者どんの失敗」
四、長者どんがわけを知る(落ち)→聴き手もダマされていたことに気づく
ということで、四の場面が、「おはぎ大好き」と違うんですよね。
銭をたれる馬について、長者どんだけでなく、「聴き手」も、
「豆や米などのえさを食べて、銭をたれる」
と、「錯覚」しています。
この{錯覚」が「聴き手」に生じるために、上の一、二の場面が「仕込み」として重要で、この時点で先が聴き手にわかってしまうようだと、噺として興味が半減します。
あきらさんのおっしゃる、「意外性」とか「意表をつく」という要素が、非常に高い噺だと思います。
最後(落ち)まで聴き手をダマし続ける技量もより要求されるのでしょう。。。
そういうわけで、「錯覚」「意外性」がうまく用いられた、楽しい一席ですね。好きな噺の一つです。
でぇしょやの弥助さんへ。
>> すいません、書いたものを保存していません、、、。
圓窓師匠の返事の中から、何とかつなげて見たいと思いますが、、、。
すいません。お願いします。
圓窓
すいません、書いたものを保存していません、、、。
圓窓師匠の返事の中から、何とかつなげて見たいと思いますが、、、。
弥助さんへ。
復活がうまくできなかった場合、弥助さんのほうから、再UPは可能でしょうか、、、、。
圓窓
弥助さんへ。
すいません。
弥助さんの書き込みが削除になってしまいまして、、、。
今、復活作業中です。
圓窓
== ここに「落ち」あり ==
「銭たれ馬」の落ちは要素として、「謎解き」も含まれていると言えそうですね。
圓窓
== ここに「落ち」あり ==
「銭たれ馬」の落ちは要素として、「謎解き」も含まれていると言えそうですね。
圓窓
でぇしょやの弥助さん
早い感想で、、、、、。
ありがとう。
>> この噺[銭たれ馬]の場合、「おはぎ大好き」と違うのは、「錯覚」を起こしているのは、長者どんだけでなく、「噺の聴き手」も、という点です。
そうなんです。
さすが、噺探偵団の一人、、、、。
>> やはりオウム返しとして図式化すると、
一、「銭をたれる馬がいる」
二、聴き手が納得して、そういう馬がいるんだ、と思う。
三、「長者どんの失敗」
四、長者どんがわけを知る(落ち)→聴き手もダマされていたことに気づく
ということで、四の場面が、「おはぎ大好き」と違うんですよね。
まったく、、、、。
>> あきらさんのいう、「意外性」とか「意表をつく」という要素が、非常に高い噺だと思います。
逆に、そこまで聴き手をダマし続ける技量もより要求されるのでしょう。。。
そうですね。
ですから、「銭をたれる馬だから、銭を食べさせなくては」では謎が弱いんですよ。
そこで、銭に縁続きの「小判を食べさせなくては、、」と言わせました。
今様に言えば、「万円札」とか「村上ファンドの株券」とかに価しますかね、、。(笑)
圓窓
上の二、の時点で先が聴き手にわかってしまうようだと、噺として成立しませんから。。。
== ここに「落ち」あり ==
この「落ち学講座」は〔圓窓落語大百科事典・だくだく〕の圓窓五百噺ダイジェストを第1テキストとして「落ちとはなんぞや」を再検討して、できればなにかを新発見できればと思っています。
既成の「○○落ち」とか「××落ち」とかの用語は不完全なので使わないようにします。
圓窓の一人合点に陥らないようにしたいので、多くの方の参加を希望しております。
意見、感想をよろしく。
次は、
002 圓窓五百噺ダイジェスト[銭たれ馬(ぜにたれうま)]を覗いてください。
落ちの部分を示そう。AとBから成り立っている。
++++++++++++++
A)「嘘をついたな、又蔵。銭なんぞ、たれねぇぞ」
B)「飼い葉、やったかの」
A)「ちゃんとやった。大豆ぞトΑ∧討泙任笋辰燭勝ラ
B)「米なんぞやったって、駄目だ。銭をたれる馬だで、小判を食わせなせぇ」
++++++++++++++
A) を追い台詞(落ちを言わせる追い手(落ちを言わせる登場人物)の台詞)
B) を落ち台詞(落ち手(落ちを言う登場人物)の台詞)
北九州に残っている民話をあたしがアレンジしたもの。
人間を含め、動物は「食べ物を入れて、糞を出す」のが常識。「糞の代わりに銭を出す」と聞いて、食べた物が銭になると錯覚する。この噺の落ちの要素も「錯覚」。
原話の民話では「銭をたれる馬だで、銭を食わせなせぇ」というような終り方をしていたが、「銭を入れて銭を出す」では面白味はない。そこで、「銭をたれる馬だで、小判を食わせなせぇ」と変えてみた。
圓窓五百噺ダイジェスト[銭たれ馬]には書かれていないが、又蔵は長者の家でイカサマ博打ですってんてんになった恨みもあり、仕返しから出た行動でもあった。イカサマに対する仕返し。「仕返し」もこの要素になっていると思っている。
圓窓
ある日の世間話
06(平成18)年07月10日(月)
# Wカップの決勝戦でジダンはイタリヤの選手に頭突きでレッドカード。
ジダンの小さな声。
「ヘッデングと言ってもらいたい」
圓窓
06年7月10日
今日は何の日小咄「納豆の日」
# 関西納豆工業協同組合が1981(昭和56)年に関西地域限定の記念日として制定し、全国納豆協同組合連合会が1992(平成4)年に、改めて全国の記念日として制定した。「なっ(7)とう(10)」の語呂合せ。
$「最初、関西地区だけだったんだね」
「後年、各地と一緒になって、全国の記念日になった」
「納豆だけによーく掻き回したんだね」
圓窓
一日一句 10日
ほおづきの鉢置きて待つ赤信号 圓窓
圓窓
あきらさんへ。
== ここに「落ち」あり ==
>> そりゃそーだよと言われそうなな気もしますが、僕にとっては新鮮だったもんで。
これって、俳句の世界にもあるのです、、、。
圓窓
今日の出来事・10日
来年1月7日(日)昼。
横浜の青少年センターでの企画公演の企画で打ち合わせ。
テーマは「歴史の授業、落語の授業、文学の授業」
ちょいと大仰だが、、、、、。(笑)
「井伊大老・圓窓・金子みすず」ということ、、、。
圓窓
あきらさんへ。
== ここに「落ち」あり ==
>> 聴いている側としては、弥助さんが言った通り
「おはぎを食った挙句に蛙まで入れて」と思うか、また別のシナリオを想定
するのではないかと思います。
そこにきて、お婆さんが、蛙が本物のおはぎだと錯覚して、その上あんこの
心配をするという、予測できない展開になるところが意表をつくのでしょうね。
そうそう、意表を突くということ。
要素の一つに「意外性」という言葉を入れようと思ってました。
「意表を突く」というこの言葉は野球でも使ってます。バントや盗塁のとき、、、。ホームランのときには使いませんがね、、、(笑)
サッカーの解説で「あるプレーを『いいアイデアですね』と評することがある」
意表を突いたということなんでしょう」
>> この「間」というのが聴く側にとって、当たり前の展開を想像させる時間的余裕じゃないかと
思ったわけです。
聴く人の頭の中に「常識的な展開」が出来上がる前に、オチが来ちゃうと、意表をつく
ゆとりも生まれなくって、面白み半減になるじゃなかろうかと。
「時間的余裕」はありえるなぁ、、、、。
圓窓
== ここに「落ち」あり ==
横から失礼します。
師匠と弥助さんの下記の件
>>> 「錯覚」もまた、重要な要素だと思います。
>とくに、この噺では、姑が嫁に対して、
>「おはぎを食った挙句に蛙まで入れて」
>と怒ったのでは、何の面白みもないですので、、、。
>
> その発想は、というより心配かな(笑)、あたしにはありませんでしたので、
> 新鮮です。
> おまじないを信じる姑女が、そこまで考えることはないと思いますが、、、、
> 考えたとしたら、ものすごく奥が深いものになりますね、、、。
聴いている側としては、弥助さんが言った通り
「おはぎを食った挙句に蛙まで入れて」と思うか、また別のシナリオを想定
するのではないかと思います。
そこにきて、お婆さんが、蛙が本物のおはぎだと錯覚して、その上あんこの
心配をするという、予測できない展開になるところが意表をつくのでしょうね。
いわゆる「ネタバレ」は、誰もが想像する展開になるから笑えないわけですから
予測できない展開というのは、大事なんじゃないかと思います。
(当たり前な事言ってすみません)
この当たり前な事を改めて認識したってのが、
弥助さんの下記の書き込み
>ただし、この「錯覚」している部分については、演じる人によっても、
>聴き手の受ける印象は違うし、文字を読むのと、口演を聴くのとでも、印象が違います。
>ですので、私としては、高座を拝聴するほうが、より面白みがあると思います。
>
>というのは、黙読のときの「間」と、聴くときの「間」が違うからではないでしょうか。。。
この「間」というのが聴く側にとって、当たり前の展開を想像させる時間的余裕じゃないかと
思ったわけです。
聴く人の頭の中に「常識的な展開」が出来上がる前に、オチが来ちゃうと、意表をつく
ゆとりも生まれなくって、面白み半減になるじゃなかろうかと。
そりゃそーだよと言われそうなな気もしますが、僕にとっては新鮮だったもんで。
今日の出来事・9日
「蕎麦のセイロが欲しい」という人がいて、合羽橋へ。
日曜でほとんどの店は休みだったが、開店の店でなんとか、セイロを手に入れる、、、、、、。
蕎麦屋を始める予定ではないらしい。二つしか買わなかったから、、、、。(笑)
圓窓
今日の出来事・9日
浅草演芸ホールへメール仲間が、、、、。
じゃぁ、とばかりに、四万六千日のほうずき市へ
。
すごい人の波、、、、、。
圓窓
今日の出来事・9日
笑生が「[帯久]を覚えましたので、聞いてください」と浅草演芸ホールの楽屋へきたので、他の楽屋で稽古。
彼、話し方にだいぶ固さは取れたが、台詞の語尾が登場人物から放れるという癖はまだ残っている。
ついでに、圓窓の[帯久]だが、11月にNHKから発売になる予定です。
4人一組のセット販売になる。
定価は4700円とか、、、、。
圓窓